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大震災 お見舞い
東日本大震災で被災されました皆様方に謹んでお見舞い申し上げます。 皆様方に平穏な日常生活が一日でも早く叶いますよう、 よりよい復興再生が叶いますよう心よりお祈り申し上げます。 また、被災地で支援活動に全力を尽くしておいでになる皆様方に、 深く敬意と感謝の意を表します。 当寂光院も義捐金のご協力をお願いし、ご参詣の皆様と復興祈願を させていただいております。 (平成23年3月14日を第1回として、平成24年3月14日に第20回目の義捐金を中日新聞 社会事業団にお届けさせていただきました) 今後とも宜しくお願い申し上げます。 犬山寂光院 山主 松平實胤 |
寂光院の由来
尾張最古刹・千手観音霊場・やすらぎの
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境内案内
写真をクリックすると説明ページへリンク又は拡大写真が表示されます。
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江戸時代の尾張名所図会及び昭和5年の継鹿尾山図で当時の寂光院の様子がご覧になれます。 |
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宗祖・弘法大師
派祖・興教大師 本尊 千手観世音菩薩(秘仏) 尾張西国三十三観音 第三十三番満願
尾張三十三所 第二十番
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| 本 堂 | 左脇士 毘沙門天 平成の大修理 平成22年秋成満 |
正 面 本尊 千手観音 |
右脇士 不動明王 平成の大修理 平成22年秋成満 |
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| びんずるそんじゃ 賓頭盧尊者石像 |
継鹿尾山号額 | 大黒天石像 |
宝歴6年(1756年)
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天明6年(1786年)
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![]() 江戸時代後期、尾北小杁村(現江南市小杁町)法鱗山文永寺住職平手蹄道和尚の書。 書き始めてから6年の歳月を経て書き上げたと云います。 額面では「鹿尾」が一字となっており、山の字は中の棒が下まで突き抜けています。 このような書き方の山の字は播州の書写山にある小野道風の書と、寂光院の二ヶ所 しかないとのことです。これは和尚が三度播州へ下り、道風の書を手本に 書き上げたことによるもの。 山額は「平成の大修理(平成22年)」で金箔塗りの 修復がなされました。 |
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正面 本尊 大随求菩薩(七七月参りご本尊) 左右 西国三十三観音 開山「 中興「 修験道「 |
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| 全 景 | 本 尊 大随求菩薩 |
天井画(108枚) |
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| 西国三十三観音「額」 | 尾張三十三観音「額」 |
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| 江戸時代 寛保九年(1741)五月奉納 写真クリックで拡大表示されます。 | |
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開山「 |
中興「 |
修験道「 |
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道昭和尚は入唐僧で、三蔵法師玄奘より 時移り永禄八年九月十八日織田信長公は当山に参詣の折、当山を清州城鬼門鎮護の寺と定め、黒印五十石・山林五十町歩 を寄進、以後当山は真言宗の寺となります。当山では織田信長公を「中興の祖」、時の住職・慶源和尚を 「中興上人」と慕っております。 また当山は木曽川を見下ろす山寺ですので山岳修行の場でもありました。 修験道の祖 「 | ||
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世の幸せを願って撞いて下さい。 東日本大震災 被災地に 。 。 。 。 。 心をこめて!! |
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正 面 筆弘法大師 周 囲 十二支恵当守り本尊(生まれ年の守り本尊) 遠 景 絶景展望台 南から名古屋の高層ビル群、小牧山、鈴鹿山系、犬山城、 木曽川、美濃の金華山 |
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| 千手観音菩薩 | 虚空蔵菩薩 | 虚空蔵菩薩 | 文殊菩薩 | 普賢菩薩 | 普賢菩薩 |
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| 子 | 丑 | 寅 | 卯 | 辰 | 巳 |
| 勢至菩薩 | 大日如来 | 大日如来 | 不動明王 | 阿弥陀如来 | 阿弥陀如来 |
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| 午 | 未 | 申 | 酉 | 戌 | 亥 |
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| 遥かにJRタワーを望む | 犬山遊園と犬山城 | 南濃・鈴鹿山系 |
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| 木曽川対岸の鵜沼 | 岐阜方面(伊吹山遠望) | 桜と名鉄犬山駅方面 |
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| 犬山遊園遠景 | 眼下の木曽川 | 展望台の桜 |
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本尊 不動明王(伝・弘法大師作) 通称:厄除不動 東海三十六不動尊霊場第二番
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| 不動堂 | 本尊 不動明王 | 堂 内 |
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昭和59年は当山ご本尊千手観音・甲子大開帳(60年に一度)、弘法大師千百五十年ご遠忌の年にあたり、
その記念事業として山門前に 「千体観音堂」が建立されました。 千体観音堂の中央下が納経蔵になっています。
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| (左) 聖観音 | 正面 本尊 千手観音 | (右) 聖観音 |
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| 一言大師 | 案 内 | 金剛水 |
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| 悩み、お願いを聞いて下さる お大師様 |
お大師様の井戸 (病気平癒) |
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七福坂 本堂に至る、石段参道(320段)に七福神が祀られています。 七福は七つの徳で、320段を登ることによって七つの徳が身につくようにと願って 七福神が祀られています。 |
| 宝船(廻招福) | 七福坂 | 七福神 | |||
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| 写真をクリックするたびに 宝船上の七福神が 変わります。 |
恵比寿坂から本堂までの 320段の石段 |
写真をクリックすると 拡大表示されます。 |
| 恵比寿 | 大黒 | 毘沙門天 | 弁財天 |
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| 繁栄(律儀) | 裕福(貯蓄) | 威光 | 愛嬌 |
| 布袋 | 福禄寿 | 寿老人 | 福徳稲荷 |
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| 円満 | 人望 | 長寿 | 七福坂の途中 |
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お茶所(喫茶) ・ 休憩所 ・ 説法道場
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| 全 景 | 入 口 | 内 部 |
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↑クリック |
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本尊 聖徳太子 多目的研修道場 (やすらぎ説法、講演会、コンサートなどの会場) 継鹿尾山図(犬山市指定文化財)
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| 継鹿尾山図(左部) | 継鹿尾山図(中央部) | 継鹿尾山図(右部) |
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| 欄間に掲げてある昭和5年に描かれた鳥瞰図、吉田初三郎が描いた当時の寂光院が描かれています。 上等な岩絵の具で描かれているのでいまだに色鮮やか。 犬山市の文化財に指定されています。 鳥瞰図というのは、鳥が高い空から見たらこのように見えるだろうという図。 この中には全国、台湾(当時は日本領)、東京、富士山まで描かれています。 鵜飼、日本ラインくだりの舟、帆掛け舟、煙を上げて走る汽車、寂光院の参道は渋滞するほどの車が描かれています。 |
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野戦高射砲第五十一大隊鎮魂碑 先の大戦で中国よりビルマへ転戦、インパール作戦の悲惨な戦闘も体験し生還した隊員が 戦友の慰霊の為、建立したもので一枚岩の大石碑です。 岐阜県出身の政治家、大野伴睦氏の揮毫。 家畜慰霊碑 この碑は戦前・戦後、牛馬豚鶏を飼う農家の支えとなっていました。 現在ではペットの慰霊碑でもあります。 当山第21世岩田大法(号雲岳)の揮毫。 西国三十三観音 以前は山内に点在していた観音さまを一か所にお集めしました。 江戸時代の尾張名所図絵にも描かれた石仏の観音さま33体です。 造立は寛延三年(1750年)。 写真は前列6体の観音さまです。 |
| 三 番 | 五 番 | 七 番 | 八 番 | 九 番 | 十 番 |
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南北朝時代の宝篋印塔の基礎(一部) |
| 宝篋印塔基礎 側面に貞治の年号 |
西国三十三観音石仏に向かって右前に立っている、お地蔵さまの礎石は
南北朝時代の貞治年間(1362年〜1368年)に造立された
宝篋印塔の基礎の一部で、この時代の濃尾地方の一般的な宝篋印塔の基礎と比較すると
体積で約6倍を有するそうです。 (「史と詩の町から」より)
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宝篋印塔基礎の上に 立つ、お地蔵様 |
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室町時代初期応永年間に犬山瑞泉寺を開創した日峰禅師が座禅修行した岩で、 江戸時代の尾張名所図会にも紹介されています。 |
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継鹿尾観音
寂光院
〒484−0091 愛知県犬山市継鹿尾山 TEL:0568(61)0035 FAX:0568(61)5953 〒振替:00800−4−40664 |