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継鹿尾観音
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寂光院のご案内

本 堂 随求堂 願いの鐘 筆弘法大師 十二支恵当守り本尊 絶景展望台 馬鳴堂 弁天堂
不動堂 千体観音堂 一言大師 金剛水 西国三十三観音石仏 薬医門 法輪殿 聖徳殿
鎮魂碑 家畜慰霊碑 七福神 座禅石 絵図に見る寂光院 ↑ クリック

  山主挨拶

             大震災 お見舞い

東日本大震災で被災されました皆様方に謹んでお見舞い申し上げます。
皆様方に平穏な日常生活が一日でも早く叶いますよう、 よりよい復興再生が叶いますよう心よりお祈り申し上げます。 また、被災地で支援活動に全力を尽くしておいでになる皆様方に、 深く敬意と感謝の意を表します。
当寂光院も義捐金のご協力をお願いし、ご参詣の皆様と復興祈願を させていただいております。
(平成23年3月14日を第1回として、平成24年3月14日に第20回目の義捐金を中日新聞  社会事業団にお届けさせていただきました)
今後とも宜しくお願い申し上げます。

                    犬山寂光院 山主 松平實胤

  寂光院の由来

尾張最古刹・千手観音霊場・やすらぎの郷里さと、もみじでら 祈りのお山「寂光院」 春は「花」、夏「青もみじ」、秋は「紅葉」、冬凛として「霊気」漂う
寂光院のある継鹿尾山はかっては「霊山」とよばれてきました。
尾張最古刹・千手観音がいまします霊気満つる山寺であることは 今も昔も変わりません。
しかし昨今はそれを「パワースポット」と呼ぶようになりました。 呼び方は変わっても、凛とした霊気を実感できるのは寂光院が尾張最古刹といわれるように1350年余の長い歴史と、
風光明美な山寺ならではのことでしょう。

寺 号   継鹿尾山つがおさん       八葉蓮台寺     はちょうれんだいじ       寂光院     じゃっこういん  
宗 派   真言宗智山派(宗祖・空海=弘法大師、派祖・ 覚鑁かくばん =興教大師)
総本山    智積院 ちしゃくいん (京都東山七条)
開 基   道昭
  奈良元興寺・道昭和尚が白雉はくち5年(654年)、
  孝徳天皇の勅願を以て七堂伽藍を建立
中 興   織田信長
  永禄8年(1,565年)、織田信長公が柴田勝家を伴い参詣のみぎり、
  当山を清州城の鬼門鎮護の霊刹として
  黒印50石、山林50町歩(15万坪)を寄進
寺 域   十万坪(33万平米)
  全山・飛騨木曽川国定公園指定
参 道   山麓より山頂まで1,350メートル
  全参道・東海自然歩道指定
霊 場   尾張西国三十三観音霊場 第三十三札所(満願霊場)
  尾張三十三観音霊場    第二十番札所
  東海百観音霊場      第二十番札所
  東海三十六不動尊霊場  第二番札所
  尾張三弘法霊場
  七福神特別霊場
 国登録文化財  四棟本堂・随求堂・山門・弁天堂  
 犬山市指定文化財  四点本尊千手観音二十八部衆画像・開山道昭画像
中興織田信長公画像・継鹿尾山図(吉田初三郎作・鳥瞰図)

  境内案内

  写真をクリックすると説明ページへリンク又は拡大写真が表示されます。 境内略図 馬鳴堂 弁天堂 鎮魂碑 家畜慰霊碑 西国三十三観音石仏 本 堂 願いの鐘 随求堂 筆弘法大師 絶景展望台 不動堂 一言大師 金剛水 山麓駅 七福坂 千体観音堂 聖徳殿 山門 法輪殿

 絵図に見る寂光院

江戸時代の尾張名所図会及び昭和5年の継鹿尾山図
  当時の寂光院の様子がご覧になれます。

 本 堂(国登録文化財) <平成の大修理> 平成22年秋成満

   宗祖・弘法大師    派祖・興教大師
   本尊 千手観世音菩薩(秘仏)
   尾張西国三十三観音 第三十三番満願    尾張三十三所 第二十番

本    堂 左脇士 毘沙門天
平成の大修理
平成22年秋成満
正 面

本尊 千手観音
右脇士 不動明王
平成の大修理
平成22年秋成満
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びんずるそんじゃ
賓頭盧尊者石像
継鹿尾山号額 大黒天石像
宝歴6年(1756年) 天明6年(1786年)

江戸時代後期、尾北小杁村(現江南市小杁町)法鱗山文永寺住職平手蹄道和尚の書。
書き始めてから6年の歳月を経て書き上げたと云います。 額面では「鹿尾」が一字となっており、山の字は中の棒が下まで突き抜けています。 このような書き方の山の字は播州の書写山にある小野道風の書と、寂光院の二ヶ所 しかないとのことです。これは和尚が三度播州へ下り、道風の書を手本に 書き上げたことによるもの。
山額は「平成の大修理(平成22年)」で金箔塗りの 修復がなされました。

 随求堂(国登録文化財) <回廊を右回りに三回巡る> 天井画108枚は壮観

  正面 本尊 大随求菩薩(七七月参りご本尊)
  左右 西国三十三観音
  開山「道昭和尚どうしょうわじょう」像    中興「慶源和尚けいげんわじょう」像    修験道「役の行者えんのぎょうじゃ」像

全  景 本 尊
大随求菩薩
天井画(108枚)


     

  ボタンへマウスポインターを合わせると写真が変わります。クリックで拡大表示されます。

西国三十三観音「額」 尾張三十三観音「額」
江戸時代 寛保九年(1741)五月奉納   写真クリックで拡大表示されます。

ボタンへマウスポインターを合わせると堂内左右の観音様がご覧になれます。クリックで拡大表示されます。
番号へマウスポインターを合わせると札所毎の観音様がご覧になれます。

 
随求堂は5日(大随求菩薩縁日)、18日(千手観音縁日)に限り堂内がご覧になれます。
開山「道昭和尚どうしょうわじょう 中興「慶源和尚けいげんわじょう 修験道「役の行者えんのぎょうじゃ

道昭和尚は入唐僧で、三蔵法師玄奘より法相ほっそう教学を学ばれました。当山も法相宗の学問寺として「尾張に継鹿尾山あり」 とうたわれ、後に臨済宗妙心寺派の中興の祖(犬山瑞泉寺の開山)となられる日峰にっぽう禅師を始め、宗派を問わず、 沢山の名僧博識が当山から出られました。

時移り永禄八年九月十八日織田信長公は当山に参詣の折、当山を清州城鬼門鎮護の寺と定め、黒印五十石・山林五十町歩 を寄進、以後当山は真言宗の寺となります。当山では織田信長公を「中興の祖」、時の住職・慶源和尚を 「中興上人」と慕っております。

また当山は木曽川を見下ろす山寺ですので山岳修行の場でもありました。
修験道の祖 役の小角えんのおずぬは大変崇められ、前鬼・後鬼を従えた「役の行者」像を拝する人は今も後を絶ちません。

 願いの鐘   <誰でも自由に撞けます。>
                        十二月三十一日除夜の鐘にもぜひどうぞ。



世の幸せを願って撞いて下さい。

 東日本大震災 被災地に

    。 。 。 。 。

       心をこめて!!

 筆弘法大師 <書道向上 芸事上達 学業成就 入試合格>


 正 面  筆弘法大師

 周 囲  十二支恵当守り本尊(生まれ年の守り本尊)

 遠 景  絶景展望台

南から名古屋の高層ビル群、小牧山、鈴鹿山系、犬山城、
木曽川、美濃の金華山

 十二支恵当守り本尊 <ご家族の皆様の守り本尊さまです。>


 



下の写真でマウスポインタを移動すると、上段及び左右の画像が変わります。
 

千手観音菩薩 虚空蔵菩薩 虚空蔵菩薩 文殊菩薩 普賢菩薩 普賢菩薩
勢至菩薩 大日如来 大日如来 不動明王 阿弥陀如来 阿弥陀如来

 絶景展望台   ー 織田信長の眺めた尾張・美濃 ー
   <名古屋の街 鈴鹿の山・小牧山・犬山城・金華山・伊吹山 見ーつけた!!>

遥かにJRタワーを望む 犬山遊園と犬山城 南濃・鈴鹿山系
木曽川対岸の鵜沼 岐阜方面(伊吹山遠望) 桜と名鉄犬山駅方面
犬山遊園遠景 眼下の木曽川 展望台の桜

 馬鳴堂めみょうどう ・ 弁天堂(国登録文化財)

 
馬鳴堂
本尊 馬鳴菩薩
  弁天堂
本尊 弁財天
家畜・ペット守護 縁結び

 不動堂

  本尊 不動明王(伝・弘法大師作) 通称:厄除不動
  東海三十六不動尊霊場第二番

不動堂 本尊 不動明王 堂 内

 千体観音堂

  昭和59年は当山ご本尊千手観音・甲子大開帳(60年に一度)、弘法大師千百五十年ご遠忌の年にあたり、 その記念事業として山門前に
「千体観音堂」が建立されました。
千体観音堂の中央下が納経蔵になっています。
  

(左) 聖観音 正面 本尊 千手観音 (右) 聖観音

 一言大師 ・ 金剛水

一言大師 案 内 金剛水


悩み、お願いを聞いて下さる
お大師様
   お大師様の井戸
(病気平癒)

 七福神 <七つの徳(七福)を身につけ 繁栄開運!!>

    七福坂 

 本堂に至る、石段参道(320段)に七福神が祀られています。
 七福は七つの徳で、320段を登ることによって七つの徳が身につくようにと願って
 七福神が祀られています。

  宝船(廻招福)   七福坂   七福神
写真をクリックするたびに
宝船上の七福神が
変わります。 
恵比寿坂から本堂までの
320段の石段
 写真が自動的に変わります。
写真をクリックすると
拡大表示されます。

恵比寿 大黒 毘沙門天 弁財天
繁栄(律儀) 裕福(貯蓄) 威光 愛嬌

布袋 福禄寿 寿老人 福徳稲荷
円満 人望 長寿 七福坂の途中

 薬医門(国登録文化財) <平成の大修理> 平成19年成満

 
薬医門全景 文化財登録証(鑑) 文化財登録証(明細)

薬医門彫刻(前部) 薬医門彫刻(後部) 薬医門彫刻(後部)

 法輪殿  ちょっと一休み!! <香り豊かな お抹茶 コーヒーはいかが ・・・>

  お茶所(喫茶) ・ 休憩所 ・ 説法道場

全 景 入 口 内 部




 ↑クリック 
 

 聖徳殿 <多目的ホール>

  本尊 聖徳太子
  多目的研修道場 (やすらぎ説法、講演会、コンサートなどの会場)
  継鹿尾山図(犬山市指定文化財)

聖徳殿 大広間 本尊 聖徳太子 弘法大師
聖徳殿三尊 釈迦如来


継鹿尾山図(左部) 継鹿尾山図(中央部) 継鹿尾山図(右部)
欄間に掲げてある昭和5年に描かれた鳥瞰図、吉田初三郎が描いた当時の寂光院が描かれています。 上等な岩絵の具で描かれているのでいまだに色鮮やか。 犬山市の文化財に指定されています。 鳥瞰図というのは、鳥が高い空から見たらこのように見えるだろうという図。 この中には全国、台湾(当時は日本領)、東京、富士山まで描かれています。 鵜飼、日本ラインくだりの舟、帆掛け舟、煙を上げて走る汽車、寂光院の参道は渋滞するほどの車が描かれています。

 鎮魂碑 ・ 家畜慰霊碑 ・ 西国三十三観音石仏 <本堂裏の馬鳴堂南側下>

鎮魂碑 鎮魂碑(碑史) 家畜慰霊碑 西国三十三観音石仏


 野戦高射砲第五十一大隊鎮魂碑
先の大戦で中国よりビルマへ転戦、インパール作戦の悲惨な戦闘も体験し生還した隊員が
戦友の慰霊の為、建立したもので一枚岩の大石碑です。
岐阜県出身の政治家、大野伴睦氏の揮毫。

 家畜慰霊碑
この碑は戦前・戦後、牛馬豚鶏を飼う農家の支えとなっていました。
現在ではペットの慰霊碑でもあります。
当山第21世岩田大法(号雲岳)の揮毫。

 西国三十三観音
以前は山内に点在していた観音さまを一か所にお集めしました。
江戸時代の尾張名所図絵にも描かれた石仏の観音さま33体です。
造立は寛延三年(1750年)。

写真は前列6体の観音さまです。
三 番 五 番 七 番 八 番 九 番 十 番

 南北朝時代の宝篋印塔の基礎(一部)

宝篋印塔基礎
側面に貞治の年号
西国三十三観音石仏に向かって右前に立っている、お地蔵さまの礎石は 南北朝時代の貞治年間(1362年〜1368年)に造立された 宝篋印塔の基礎の一部で、この時代の濃尾地方の一般的な宝篋印塔の基礎と比較すると 体積で約6倍を有するそうです。
(「史と詩の町から」より)

  
宝篋印塔基礎の上に
立つ、お地蔵様

 座禅石

室町時代初期応永年間に犬山瑞泉寺を開創した日峰禅師が座禅修行した岩で、
江戸時代の尾張名所図会にも紹介されています。
日峰国師座禅修行之石碑及び座禅石 眼下の木曽川風景 尾張名所図会の座禅石


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