|
平成の大修理 ご志納のお願い |
|
開創1350周年記念 国登録文化財《本堂・随求堂》 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
趣意書尾張に継鹿尾山寂光院あり 修行・学問・信仰の霊山尾張最古刹・厄除千手観音霊場 寂光院は、その長い歴史をあまたの善男善女から「信仰の霊山、継鹿尾の観音様」と親しまれてまいりました。また、「尾張に継鹿尾山あり」。 当山は古来より全国各地から修行・学問を志す人たちがあい集う「学問寺」としての役割をにない、後に臨済宗妙心寺中興の祖と崇められる日峰禅師をはじめとして、宗派を超えて名僧博識が勉強されました。 とき移り昭和の時代になると、青少年育成のために建立された「聖徳殿」に集う若人は枚挙に暇あらず、彼らは戦後復興の担い手として各分野で活躍されたと聞き及んでいます。 尾張のもみじでら この自然が寂光院の財産戦後は高度経済成長の波とともに各地で自然破壊が進みましたが、「長い歴史に培われた古寺としての風格と緑豊かな自然の風光を伝承する」という強い信念のもと観光開発や霊園開発から一線を隔し、《継鹿尾山の自然と文化の伝承》を合言葉として今に至っています。 おかげさまで当山は「春は花、夏は緑、冬は雪」と詠われ、ことのほか秋の紅葉は「尾張のもみじでら」の愛称を戴けるほどになりました。「平成の大修理」へ − 古寺としての景観を後世にさて、当山の本堂・随求堂は平成17年に国登録有形文化財の指定を受けました。精細な調査の結果、江戸時代後期に建立されてよりおよそ百年後の昭和34年の伊勢湾台風では大打撃を受け大改修は施されているものの、積年の痛み激しく、ことのほか屋根瓦・梁・垂木のたわみ等が著しく、直ちに耐震・修復・屋根替工事を施す必要があるとの結論に至りました。 古寺としての景観を後世に伝承するこれが最後の機会と受け止めて、ここに「平成の大修理」を発願いたしました。 みほとけにも御休息をまた、本堂ならびに隋求堂に安置のご尊像35体を名古屋市博物館に調査をお願いしましたところ、江戸時代後期に一度修復されて以来お痛みも甚だしく、後世に伝承するためには今回が修復の好機との見解を戴きましたので、この期に本体工事と平行して解体修復を発願いたしました。皆様のお力をしかしながら総工費は莫大な費用を要します。国より一部ご助成を戴くことになりましたが、皆様方のご支援無くしては到底成しうる事業ではありません。 当山開創以来1,350年に培ってまいりました「継鹿尾山の自然と文化の伝承」の精神を後世に伝える為に、ぜひとも「平成の大修理」に皆様方のお力添えを、伏してお願い申し上げる次第でございます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 合掌 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 工期 平成20年2月〜平成22年3月末予定 平成20年2月吉日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「平成の大修理」事業費
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご志納方法
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
待遇表芳名録は本堂内「千手観音耐火厨子庫」に永久保存されます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||