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寂光院のご本尊千手観様は秘仏で60年に一度の甲子年に限ってお開帳されます。
最近では甲子園球場ができた大正13年、昭和59年が甲子年のお開帳でした。 昨年の秋、まさに紅葉の素晴らしい時期に国登録文化財の本堂・随求堂「平成の大修理」落慶を記念して大開帳法要が厳修されました。 勿論これは特別例外で、100年に一度の大改修でしたから、お開帳が許されたんだと思います。 |
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さて、その秘仏の千手観音様のお厨子のお前立のお像はどなたでも、時を選ばず、いつでも、まじかにお参りができます。 実はそのお像は南北朝時代の作とされておりますが、京都の清水寺のご本尊千手観音様とそっくりですので ご参詣の方からよく「清水式ですか」、とお尋ねがあります。 また寂光院には本堂と回廊でつながっている「随求堂」がありますが、本尊様は当然「大随求菩薩」様です。 寂光院の月参り「七七月参り(ななつきまいり)」の本尊さまとして親しまれていらっしゃいます。 実は京都清水寺様には山門を入ってすぐのところに随求堂があります。胎内めぐりもできる有名な随求堂ですので、 清水寺様にお参りされる方ならどなたでもご存知でしょう。 そこで寂光院の千手観音様といい、大随求菩薩様といい、何か清水寺様と関係がありますか?という質問をよく受けるのですが、 実はその関係はないのかあるのかよくわかりません。 とにかく七七月参りのご縁日(5日・18日)に限って随求堂が開けられますので、一度是非お参りになってください。 その関係がわかるかもしれません。 |
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大随求菩薩様のお|
京都清水寺様では随求堂で「大随求菩薩様のお守り」が一般に授与されていますが、
犬山の寂光院には一般にいう「お守り」や「お札」はございません。 寂光院には、七七月参り(ななつきまいり)という月参りがありまして、 お参りのたびごとに「大随求尊七七月参り札」に朱印を押していくのですが、 七七月参りが無事に元気で七ケ月お参りできると、その次のお参りを「お礼まいり月」 あるいは「満願月」と言って、次の「七七月参り」の始まり「発願月」として新しい「七七月参り札」に改まる月です。 その八ヵ月目に寂光院で授与されるのが「大光明秘密守」という守護札です。 これは、大随求菩薩とご縁が深まったという大随求菩薩との「お血脈(けちみゃく)」というものです。 ですから、このお血脈のお札のみを一般に授与することはありません。 寂光院の随求堂に七回お参りされた方が八回目にお参りして満願札として初めて手にすることができる尊いお札様です。 |
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| このお札はまた、何年か何十年か後、自分が「お浄土に旅立つ日」にお棺の中にいれて戴くお札としても知られています。 また自分以外の身内、親戚に御不幸があるとお棺に入れて差し上げることもあります。 お浄土に旅立たれるときの最高の御供養の品としても知られています。 またその満願札である「お血脈」と共に「長壽箸」が授与されます。 折々にこのお箸で食事をすると文字どうり長生きができると伝えられています。 |
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七七月参りの「大満願」|
どなたも「七七月参り」を始められるときには、「49ヵ月なんて絶対無理」とおっしゃいますが、
気がついてみるもう今月がそうだったという方ばかりです。
つまり寂光院にお参りをしたら元気になった、元気でいられたから月参りができたという方ばかりです。 実は昭和25年ころまでは49ヶ月でしたが、現在では区切りが宜しいので、 「七七月参り札」の朱印が5枚ごとに(つまり35ヵ月ごと)第一回満願記念、10枚で第二回満願記念・・・・・・・と呼んで、 その回ごとに大満願の記念品を授与して「さらなる健康とご長寿を」をたたえることになりました。 実は最近八回目の大満願を迎える方が多くなりました。ご当人も驚いてみえますが、 毎月欠かさず月参りしても23年ほどかかります。お年はというと70代半ばの方です。 どなたも「七七月参りを始めたのは40代末、50代初めだったかな]と笑ってみえます。 またどなたも、寂光院の月参りはとにかく毎月「パワーアップ」「リフレッシュ」出来るからでしょう」とおっしゃいます。
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継鹿尾観音
寂光院
〒484−0091 愛知県犬山市継鹿尾山 TEL:0568(61)0035 FAX:0568(61)5953 〒振替:00800−4−40664 |